今回は、2024年(令和6年)3月14日に公表された「令和5年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」について紹介します。本レポートは、警察庁が半年ごとにサイバー空間の脅威や情勢をとりまとめるとともに、安心・安全の確保に向けた警察の施策などが紹介されています。

2023年の脅威概況と警察の取り組み

警察庁は2023年におけるサイバー空間における脅威情勢として、依然としてランサムウェアの被害が高い水準で推移していると発表しています。ランサムウェアの脅威については、サイバーセキュリティに関連する多くのドキュメントで同様の警告がされており、世界的なセキュリティの脅威であることは間違いありません。その他の脅威については、クレジットカードの不正利用の急増がしていること、インターネットバンキングに関連した不正送金被害が過去最多になったことが挙げられています。

また、警察庁が発表しているレポートであるため、児童ポルノ、規制薬物の広告といった違法情報、自殺サイト、闇バイトなどインターネット上で蔓延している犯罪についても深刻な情勢が続いていることを警告しています。

警察の取り組みとして紹介されているのは、(1)内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)、米国連邦捜査局(FBI)等とともに、中国を背景とするサイバー攻撃グループ「BlackTech」によるサイバー攻撃に関する合同の注意喚起（パブリック・アトリビューション）の実施、(2) 有識者による「キャッシュレス社会の安全・安心の確保に関する検討会」の開催および、金融庁と連携して金融機関における暗号資産交換業者への不正送金対策の強化に関し調整を進める、(3)サイバー特別捜査隊等がEUROPOL（ユーロポール）等との国際共同捜査を推進し、2024年２月に関係国捜査機関が世界各国の企業等に対してランサムウェア被害を与えた攻撃グループ「LockBit（ロックビット）」の一員とみられる被疑者２名を逮捕したといった内容です。

サイバー攻撃は国境を超える犯罪行為であり、組織化された犯罪集団による攻撃も多いことから、各国の関係各所との連携が重要であることが本レポートからも読み取れます。

組織を狙う不正アクセスの多発

サイバー攻撃の情勢等で最初に触れられているのが、「情報の窃取を企図した不正アクセス等」です。サイバー攻撃としてはお馴染みの不正アクセスではありますが、本レポートにおいては「行政機関、学術研究機関、民間企業等」と対象が組織であることが強調されています。つまり民間企業だけではなく、行政機関や学術研究機関もサイバー攻撃の対象になっているということです。また、特定の事業者に対する標的型メール攻撃が確認されたことにも触れられていますが、これも情報窃取を企図した不正アクセスを実行するための手段という意味合いが大きいようです。

これらの不正アクセスについては、次のような事案が紹介されています。

1. 　4月、ある電子部品関連企業は、ネットワークが不正アクセスを受け、ファイルサーバーのデータの一部が不正に読みだされた可能性があると発表。6月には本社が海外子会社を経由して複数のファイルサーバーにアクセスされたことを発表

2. 　8月以降、複数の行政機関等で電子メール関連システムに関係する機器のぜい弱性を悪用したとみられる不正アクセスを受け、メールデータの一部が外部に漏えいした可能性があると発表

3. 　10月、国内の学術研究機関が標的型メール攻撃によりマルウェアに感染し、不正アクセスによって個人情報等が漏えいした可能性があると発表

4. 　11月、国内の宇宙航空分野の研究開発機関がイントラネットの管理用サーバに不正アクセスされた可能性があることを発表

もちろんこれらの事案は代表的ないくつかの事案に過ぎず、産官学を問わず多くの組織がサイバー攻撃の対象となっています。

ランサムウェアの脅威

ランサムウェア攻撃とは、マルウェア(ランサムウェア)によってシステムに保存されているデータを暗号化して利用できない状態に追い込み、データの復号化と引き換えに身代金(Ransom)を要求する手口です。また、データの暗号化のみならず、組織の機密データを窃取した上で「対価を支払わなければデータを公開する」などの二重恐喝 (ダブルエクストーション) が多くを占めています。

2023年に都道府県警察から警察庁に報告のあったランサムウェアの報告件数は197件であり、相変わらず高い水準で推移していることがわかります。また、最近の事例ではランサムウェアを用いることなく、組織のネットワークに侵入して直接データの暗号化や窃取を行う「ノーウェアランサム」による被害も30件確認されています。ノーウェアランサムなどの不正侵入には、フィッシングメールを経由したランサムウェア以外のEmotetなどのマルウェアが使用されることもあります。なお、ノーウェアランサムによる被害件数は、先ほどの197件のランサムウェア被害には含まれていません。

ランサムウェアの感染経路については、VPN機器からの侵入が73件で63％、リモートデスクトップからの侵入が21件で18％を占め、テレワーク等に利用される機器等のぜい弱性や強度の弱い認証情報等を利用して侵入したと考えられるものが約82％と大半を占めています。

企業・団体等におけるランサムウェア被害の報告件数の推移
出典：警察庁｜令和５年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について

感染経路
出典：警察庁｜令和５年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について

復旧等に要した期間や費用も甚大です。復旧までに１週間から1カ月を要したと回答している組織が32%と、即時から1週間以内の24%よりも多いという調査が報告されています。また、費用についても1,000万円以上かかったという組織が全体の37%を占めています。

また、興味深い調査結果として、ランサムウェア対策の代表とされているのはバックアップですが、94%の組織がバックアップ対策を実施していたにもかかわらず、83%の企業が被害直前の水準まで復元できなかったと回答しています。これは、バックアップをしていてもすべてを復元できるわけではないということを意味しています。もちろんバックアップ対策だけでは、窃取された情報の公開を阻止することもできません。実際、本レポートではダークウェブ上のリークサイトに、国内企業の情報が掲載されていたことを確認したことが報告されています。掲載情報には、製品開発に関する情報や会計情報等が含まれていたそうです。

重要インフラを狙ったサイバー攻撃

社会的に影響が大きい重要インフラを狙ったサイバー攻撃も目立つようになっています。経済活動に大きな影響を与えた事例として本レポートでは次のような事案が紹介されています。

1. 　６月、住宅設備関連機器メーカーは、同社が運営するクラウドシステムのサーバが不正アクセスによってシステムがダウンし、このシステムを使用する全国約1,000のLPガス会社の検針業務が行えなくなるなどの影響が生じた。

2. 　７月、名古屋港のコンテナターミナルにおけるコンテナの船積み・船卸や搬出入の作業等を管理するシステムがランサムウェアに感染。これによって同ターミナルにおけるコンテナの搬出入等が約３日間停止した。

これらは日本国内の事例ですが、世界的にも重要な社会インフラを標的とした攻撃は多発しています。ランサムウェアのような金銭を目的とした攻撃はもちろん、経済活動に多大な影響を及ぼす攻撃は特定の国家、組織、ハクティビスト (特定の政治的・思想的な目的を持ってサイバー攻撃を実行するハッカー)による攻撃というケースもあります。また、こうした背景のサイバー攻撃としては、DDoS攻撃なども多く確認されています。

1. 　２月から３月にかけて、政府機関や重要インフラ事業者等を含む複数の組織・団体等のWebサイトにおいて閲覧障害が断続的に発生。同時期にSNS上では親ロシア派ハッカー集団からの犯行をほのめかす投稿が確認された。

2. 　３月から６月にかけて、ＤＮＳ権威サーバを狙ったランダムサブドメイン攻撃によるとみられるWebサイトの閲覧障害が断続的に発生。

3. 　８月、政府機関、自治体等が運営するWebサイトにおいて閲覧障害が発生。同時期にSNSではハクティビストのものと思われる複数のアカウントから犯行をほのめかす投稿が確認された。

4. 　10月以降、事業者等のWebサイトで閲覧障害が発生したほか、小規模サービス事業者が運営するWebサイトが改竄される事案が発生。同時期にSNS上では反イスラエルを掲げるハクティビストのものと思われるアカウントから犯行をほのめかす投稿が確認された。

組織を狙った攻撃手法としては、標的型メール攻撃も知られており、さまざまな手口の標的型メール攻撃が確認されたことが本レポートでも報告されています。

1. 　メール本文のリンクからファイルをダウンロードさせ、同ファイルを開くことで不正プログラムに感染させる標的型攻撃メールが部品加工メーカー送信された。

2. 　実在の組織になりすまして標的型攻撃メールを送信し、実在するWebサイトのログイン画面を装いID/パスワードの入力を求めるフィッシングサイトに誘導。

3. 　知人になりすまして「論考を作成したので興味があれば送る」旨のメールを送りつけ、何度かやり取りした後、不正プログラムが仕掛けられた添付ファイルを送信する標的型メールが確認された。

標的型メール攻撃の手口としてはありきたりとも思えますが、事案として報告されるレベルでの被害があるという意味でもあります。今後もより一層の注意が必要であることは間違いないでしょう。

フィッシングによる被害

本レポートでは、実在する企業などを騙るフィッシングメールやSMS(ショートメッセージサービス)の被害が増加していることにも触れています。フィッシングメールなどによって偽のWebサイト(フィッシングサイト)にアクセスさせ、ログイン画面からIDやパスワードを入力させて情報を窃取する手口です。

フィッシングは、クレジットカードの不正利用やインターネットバンキングでの不正送金の入り口になるケースも多数報告されています。フィッシングサイトを利用し、ユーザーからアカウント情報、クレジットカード番号等の情報を不正に入手するという手口です。フィッシング対策協議会によると、2023年のフィッシング報告件数は119万6,390件で、前年比で22万7,558件増加と過去最多となっていますが、その中でも多数を占めているのが、クレジットカード事業やEC事業者を騙る内容でした。

実在する金融機関・通信事業者等のログイン画面を模した偽画面の例
出典：警察庁｜令和５年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について

2023年におけるインターネットバンキングに係る不正送金事犯の発生件数は5,578件、被害総額は約87億3,130万円と、それぞれ過去最多を記録しています。これらの事犯で用いられたフィッシング手口の内訳は、電子メールによる誘導が53％、SMSによる誘導が21％となっています。被害者の大部分は個人であり（5,461件、97.9％）、そのうち40代から60代の被害者が約６割を占めています。

なお、不正送金額の半額以上が暗号資産交換業者の金融機関口座に不正送金されています。

インターネットバンキングに係る不正送金事犯の発生件数及び被害額の推移
出典：警察庁｜令和５年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について

キャッシュレス化に伴って、クレジットカードの不正利用被害も急増しています。一般社団法人日本クレジット協会（以下、日本クレジット協会）による国内発行クレジットカードの不正利用被害の実態調査では、クレジットカード不正利用被害額は2013年以降増加傾向にあり、2023年1月から9月までの被害額は401.9億円と、統計を取り始めた1997年以降、最悪となっています。前年同期比でも30.1％増加していることから見ても厳しい状況と言わざるを得ないでしょう。

クレジットカード不正利用被害の発生状況
出典：警察庁｜令和５年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について
(一般社団法人日本クレジット協会（https://www.j-credit.or.jp）クレジットカード不正利用被害の発生状況から作成)

サイバー空間における脅威に対する対策

もちろんサイバー空間におけるさまざまな脅威に対して、警察もさまざまな取り組みを行っています。非常に多岐に渡っているため、ここでは代表的な活動をいくつか紹介します。

● サイバーインテリジェンス情報共有ネットワーク
警察と全国約8,600の事業者等（2023年12月末現在）から構成されるサイバーインテリジェンス情報共有ネットワーク（CCIネットワーク）の枠組みを通じて、サイバー攻撃に関する各種情報を集約するとともに、分析結果に基づく注意喚起を実施しています。

● C2サーバのテイクダウン
サイバー攻撃事案で使用された不正プログラムの解析等を通じて、マルウェアに感染したデバイスを外部からコントロールするC2サーバ (Command and Control Server)を把握し、国内にあるC2サーバ機能を停止 (テイクダウン) するようサーバを管理する事業者に依頼するなどの対策を継続的に実施しています。

● BlackTechに対するパブリック・アトリビューションを始めとする国際連携の強化
中国を背景とするサイバー攻撃グループBlackTechが、日本を含む東アジアと米国の政府機関や工業、科学技術、メディア、エレクトロニクス、電気通信分野の事業者を標的とし、情報窃取を目的としたサイバー攻撃を行っていることが確認されています。そのため、警察庁は、NISC、NSA、FBI、CISAとともにBlackTechによるサイバー攻撃に関する合同の注意喚起を実施しています。

また、欧州各国の捜査機関との緊密な連携を図るため、2022年にはサイバー事案に専従する連絡担当官として警察職員をEUROPOL（ユーロポール）に初めて常駐させ、信頼関係の構築を進めているほか、2023年からは連絡担当官を増員し、国際共同捜査への参画に向けて各国捜査機関との更なる連携強化を推進しています。

● リークサイト上において売買されるアクセス権の把握
ダークウェブ上のリークサイトにおけるアクセス権の売買等を監視し、国内の事業者等のユーザーID・パスワード等が掲載されていることを把握した場合は、都道府県警察を通じて当該事業者等に連絡し、必要な対策を講じるよう求めています。

● 金融機関等との連携強化
金融庁及び一般社団法人全国銀行協会等に対して、インターネットバンキングの不正送金に係る被害状況等を提供するとともに、「キャッシュレス社会の安全・安心の確保に関する検討会」を開催し、被害に遭わないための環境整備や警察の対処能力向上についても検討しています。

また、「暗号資産交換業者の金融機関口座に対して送金元口座名義人名と異なる依頼人名で行われる送金の拒否」、「暗号資産交換業者への不正な送金への監視強化」といった対策強化を要請するよう調整を進めています。

● さまざまな注意喚起
重要インフラ事業者等に対してサイバー攻撃に関する注意喚起、家庭用ルータの不正利用に関する注意喚起、DDoS攻撃に関する注意喚起などさまざまな情報を積極的に発信しています。

● 違法・有害情報の把握と対処
サイバーパトロール等によって、違法・有害情報の把握に努め、これを端緒とした取締りを推進するとともに、サイト管理者等への削除依頼を行っています。また、犯罪実行者募集 (闇バイト)の情報が氾濫していることを踏まえ、犯罪実行者募集に関する通報窓口を広報する、AIシステムによるサイバーパトロールの強化などの取り組みを実施しています。

本レポートでは、こうした警察の取り組みによって検挙された事例も数多く紹介しています。

50ページを超える長いレポートであるため、詳細を確認したい方は警察庁のサイトからダウンロードしてください。

警察庁：サイバー空間をめぐる脅威の情勢等https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/

まとめ

・警察庁は半年ごとにサイバー攻撃等のサイバー空間の脅威に関するレポートを公表している
・ランサムウェア攻撃や組織を狙う不正アクセスなどのサイバー攻撃が多い
・インターネットバンキングの不正送金やクレジットカードの不正利用が急増している